増井浩二さんと「満寿一」よ永遠に…
新年早々、悲しい訃報が届きました。静岡市にある満寿一酒造の専務、増井浩二さんが病魔との闘いに敗れ息を引き取ったと、
別の蔵元さんからの連絡で知りました。
「満寿一」は私にとって特別なお酒です。
日本酒の魅力に気付き始めた頃、ある居酒屋でこのお酒を口にし、
雑味のない限りなく優しい味わいに感動したのが最初の出合いでした。
その日以来、誕生日など特別な時に「満寿一 純米大吟醸」を開けるのが決まりになったのです。
静岡酵母を使った日本酒で最高峰に位置するそれは、バナナ様の含み香と和三盆のような上品な甘さをまとい、すいすいと飲み続けるうちにあっという間に1本が空になる“魔性のお酒”でした。
東京ではほとんどみかけないのでわざわざ静岡の酒販店から取り寄せていましたが、どうしても蔵が見たくなり、10年ほど前に無理を言って蔵を訪ねました。
増井さんは人懐っこい笑顔で 出迎えてくださり、造りの最中にもかかわらず丁寧に蔵内を案内して
くださいました。かつては普通酒を中心に数千石規模を造っていた大きな蔵でしたが、
訪問時に使っていたのはほんの一部。「普通酒をやめ、吟醸酒など特定名称酒を中心に造りたい」と、
あえて石数を3分の1ほどに減らしたからだと聞きました。
増井さん自身、最後の志太杜氏と言われた大塚正市さんから酒造りを学びながら、若い
蔵人たちと一緒に汗を流していました。最盛期に800人近くいたという志太杜氏が消滅する
ことに強い危機感を覚え、自ら志太流酒造りの継承者の道を選んだ増井さん。その後、
志太杜氏組合にも加入し、実質的に最後の志太杜氏と呼ばれる存在でした。造りは志太流、
酵母は静岡酵母、米は焼津産五百万石と、オール静岡への強いこだわりを感じました。
蔵訪問をきっかけに何回 か一緒に酒席を共にしました。本醸造酒を酌み交わしながら
「この酒は吟醸造りをしているんです。それで価格は1升で1000円代。もしかしたら日本で
一番贅沢な本醸造酒かもしれませんね」と苦笑いする増井さんの誠実な表情が今でも忘れ
られません。最近は年1回開かれる静岡県の日本酒の会で顔を合わせる程度でしたが、変わらぬ
人懐っこい笑顔を見せてくれていただけに、突然の訃報にただただ驚くばかりでした。
静岡で開かれた告別式に参列して、さらに驚かされる話を聞きました。増井さんが食道ガンを
告知されたのが1年4カ月前。昨年度の造りの入る直前でした。抗ガン剤治療の副作用のせいで
味覚や嗅覚に異常をきたしながら、文字通り命を削りながら最後まで造り終えたそうです。
残念ながら今年度の造りに入る余力は残っておらず、49歳の若さでこの世を去りました。
蔵を訪ねた頃、まだ赤ん坊だった長男の浩太郎君は10歳に成長していました。小学校の作文で
「将来は酒造りをしたい」と書いたそうです。増井さん自身、大学卒業後に東京でサラリーマン
生活をしていたのが、祖父の急逝をきっかけに蔵に戻った経緯があります。浩太郎君が8代目
蔵元になるまではまだまだ時間がありますが、増井さんが築いた「満寿一」の味を継承して
欲しいと願ってやみません。
当店では、増井さんが心血を注いで造った最後の「満寿一」を手配中です。お客様と一緒に
その命の水を味わいながら、ご冥福をお祈りしたいと思っています。
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